ナカノブひとりぼっち

(日常はあっけなくデストロイされちまった!)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

年の離れた人と話せるオタク話っていいよね


会社での話し。

「君は映画好きらしいね、最近どんなの見た?」と一回りは優に上の先輩に聞かれて、スラムドッグがどうの、グラン・トリノがどうのといった話をした後、「実は最近見たので一番面白かったのといわれると、ヱヴァンゲリヲンなんですよ…」と言った。

私は隠れオタ、というかわざわざあけっぴろげにする必要も無いかと思っていたので周りの人にはオタ話をしなかったのだが、会社でそんなことを言ったのは初めてだった。話が分かりそうな人がいないように思っていたこともある。

私も「ああ、なんかやってるよね」ぐらいの返答を予想していたのだが、「ああ、アスカがよかったよね。俺はアスカ派なんだ」という予想外の答えが返ってきて驚いた。

驚いた理由:
①年が離れた人でもエヴァを見ている人がいるということにあまり思い及んでいなかった。
②その人がエヴァとか見そうに無かった。
③アスカ派に初めて会った。

その人は「いやあ、ここ(会社)にはアスカ見たいな女の子って多いじゃないか?ほら、優秀であることがアイデンティティになってて、でも勉強ができるからって仕事ができるとは限らなくって、仕事のプレッシャーに耐え切れずにいつしか折れちゃう…みたいな。君もそんなアスカみたいにならないように注意しなよ」と話を締めくくったのだけれど、私はわりと上の空でその箴言を拝聴していた。

そうか…よく考えたら、エヴァンゲリオンってもう10数年もオタにおける最重要作品の一つであり続けてるんだな…今までそのことを考えてなかったけど、いまさら良くわかったよ。年の離れた人との共通の話題の一つを見つけたわけだ。かなり限られた人と、の限定の話題だけど。

年代的に、その先輩はエヴァ初放送時に大学生ぐらいだったはず。もっとも熱心にエヴァを見た世代だろう。一回り以上の世代の差を越えて一つの作品でオタ話ができるってすばらしいよね。あとアスカに関する箴言もありがたみがあったような気がしないでもないよ。

そして。

たぶん、これからどんどんオタクの数は増えていくはずだ。
だとすれば、いつしか世代を超えた共通の話題となりうるオタ作品が登場しうるはず。

あるいは、既にドラゴンクエストなんかはその域に既に達しているのかもしれない。

ちなみに、今のところ私が最も年の離れた人とできたオタ話は『めぞん一刻』。
25歳以上離れた人と熱い話が通じました。
高橋留美子は偉大だ!

スポンサーサイト

思わずドキッ☆サル並み知能で悶絶アヴァンチュール!そして遺書を書こう


なんの因果か、遺書を書くことになった。
人間いつ死ぬか分からないとはいえ、遺書を書くというのはあまり気持ちのいいものではないのう。
今、やけくそでこの文章を書いている。

e-co君が嬉々として遺書を書いているのを横目で見ていたがなんだか殺伐とした気分になってきた。

でもe-co君と約束したのでしょうがない…。遺書の一つ、書いてやろうか。
私は久しぶりに昔の書道道具を取り出し、毛筆で遺書をしたためた。
なぜ毛筆で書いたかというと『とめはねっ』の新刊を読んで感動したからだ。

それにしてもe-co君は『とめはねっ』の加茂先輩に似てるなあ…
以前はハヤテのごとく!の朝風理沙に似ていたように思っていたが。
背の高さといい性向といい…。もうちょっとぎょろ目だが。
そうe-co君に告げたのだが、あんまり喜んでいなかった。
まあ、そうでしょうね。

遺書は以下のとおりだ。

【“思わずドキッ☆サル並み知能で悶絶アヴァンチュール!そして遺書を書こう”の続きを読む】

もしものときのために:ブログ上に遺書を書いておこう


残念なことに、多くの人と同じように、私も死ぬらしい。
幸いなことに、近い未来ではなさそうだけれど。
でも、死が来ることは確実なのだ…

入院している間、はじめは人の死に触れるたびにおびえていたものだった。だが、しばらくすると感覚が麻痺してしまった。あまりにも人が死にすぎるのだ。何度か話したことがあった人(といっても、軽く「若いのになんで入院してるの?」とか聞かれたぐらいだったが)が亡くなった時も「ああ、この人もか」と思っただけだった。同じように、私が死んでも、病院の多くの人は「ああ、この人もか」と思うだけだっただろう。

恥ずかしながら生きながらえた私は…致死的な病ではなかったから、まあ、普通は当然なのだけれど…とりあえず、いつ死んでも良いようにした。いや、いつ死んでもいいように、というのは語弊がある。私はまだ死にたくないのだ。だが、少なくとも後に遺した人々に迷惑をかけることだけはやめようと思うに至った。

だから、私の遺志をはっきりさせるため、遺書を書こう。
生きているうちじゃないと書けない。

遺言には法定の方式がある(例えば自筆証書遺言(民法968条)なら、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない)。だが、とりあえずはここに、記事として書いておこう。

ファンの一人氏が私の提案に賛同して、近々遺書を書いてくれるってさ。
みなさんにも遺書を書くことをお勧めするよ。
しかし、なんか「遺書を書いてくれる」っていうのもすさまじい文章だな。

そして、遺書は以下のとおりなのだ。

【“もしものときのために:ブログ上に遺書を書いておこう”の続きを読む】

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。