ナカノブひとりぼっち

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誘拐既遂犯綾崎ハヤテへの弁護 まとめ

先日取り上げてちょっとだけ議論を巻き起こした、
誘拐犯としてのハヤテへの分析。

今回は今までの記事をまとめて、自分が見やすいようにしてみた。



ハヤテのごとく!の主人公、綾崎ハヤテ。

そのハヤテは誘拐未遂を犯したという設定である。
それはハヤテのごとく!単行本1巻62ページ、76ページなどの描写から明らかである。

しかし、この設定に疑問を持つ人も多いんじゃないだろうか…
別に畑健二郎のストーリーテリングがどうとか、そういう問題ではない。
ただ単に、ハヤテはたぶん『誘拐未遂を犯した』わけではない、という点なのだ。

早い話が、ハヤテは、身の代金目的誘拐の既遂犯だと思われるのである。

その理由について。まず、ハヤテの行動について、重要な点に絞って記述してみよう。

綾崎ハヤテ(16歳)は、公園に一人でいた三千院ナギ(13歳)に対し、身の代金を得る目的での誘拐を企図して「僕は…君が欲しいんだ」と呼びかけ、夜の公園にとどまらせた。
一方、三千院ナギは、綾崎の呼びかけについて、それが誘拐を企図したものとは思わず、呼びかけを愛の告白と誤信し、了承した。
綾崎はその後身代金を得ようとしたが、計画の不備から未達成のうちに、気絶し、気がついたときには三千院の家であった。

綾崎ハヤテの罪責を述べよ。

…とまあ、刑法の事例問題の問題文のように記述すれば、こんな感じになるだろう。

さて、これでなぜハヤテは既遂犯であるということがいえるのか?
この問題には、誘拐の実行の着手、既遂時期に関する問題が絡む。


では、より詳しくハヤテの行動を分析してみよう。
ハヤテは『誘拐未遂』を犯したと思っているようだから、まず、ここでの“誘拐”について述べよう。

ハヤテは身代金目的で誘拐を行ったわけだが、これについて、刑法は『近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じてその財物を交付させる目的で、人を略取し、又は誘拐した者は、無期又は三年以上の懲役に処する(225条の2第1項)』としている。

分かりやすく言えば、誘拐犯のうち、身代金を取ることを目的として誘拐を行った者がこの条文によって罰せられることになる。ハヤテがこの目的を有していたことは前に述べたとおり、明らかである。
よって、ハヤテの客観的行為が誘拐に当たるかどうかが問題になる。

ここで、誘拐とは、欺もう又は誘惑を手段として、現在の生活環境から他人を誘い出し自己又は第三者の実力的支配下に置くことをいう。
ハヤテが行った行為は、ナギを夜の公園に留まらせたのみで、ナギを場所的に移転させなかった。が、ナギが13歳の女の子であることを考えれば、監護者のいない夜の公園に一人で留まらせたことで、実力的支配を設定し終えたと考えるべきだろう。

ここで、誘拐の実行の着手とは誘拐の手段を講じたときであり、被誘拐者を自己又は第三者の実力的支配内に移した時に既遂となるのだが、ハヤテはナギを実力的支配内に移し終えているので、ハヤテは既遂犯ということになる(時たま勘違いをしている人がいるようだが、誘拐の既遂とは、身代金を要求したり、子供を監禁したりすることではない。その際は別罪を構成する)。

具体的に言えば、ハヤテの「僕は…君が欲しいんだ(人質として)」という言葉を発したとき、このときが実行の着手時期である。
ナギが「わ…わかったよ…」と答え、ハヤテがシャキーンとなったときに誘拐が既遂に達したということになる。ハヤテはナギの言葉を、実力的支配下に置かれることについて抵抗しないということを了承した、と解釈していたと考えられるためだ。よって、このときに実力的支配の設定が完成したとすることに問題はないだろう(…しかしシャキーンってどういう効果音なんだ…)。

なお、身代金目的誘拐は、非親告罪である。

残念ながら、ハヤテの行為が既遂だったことは確かなようだが、それではなんだかハヤテがかわいそうなので、いくつかハヤテが罪に問われないような理論を構築してみよう。


ここで、ポイントとなりそうなものとして、ナギの『綾崎の呼びかけについて、それが誘拐を企図したものとは思わず、呼びかけを愛の告白と誤信し、了承した』という部分がある。これをどう捉えるかでハヤテの罪は軽くなったり、あるいは構成要件にそもそも該当しなくなったりしうるのではないだろうか。

例えば、ナギの誘拐についての同意があった、とハヤテが誤って認識したのではないか? ということがいえるのではないだろうか。

実は、略取・誘拐の罪において被害者の同意が違法性阻却自由となる、との説がある。誘拐がそもそも被害者の自由を害する犯罪である、との考え方に立てば、この説は妥当といえるだろう。

ただ、この説からハヤテの行為が有責でないと主張するには、ハヤテが違法性阻却自由を基礎付ける事実が存在しないのに、存在すると誤信したこと(ハヤテがナギの承諾を『ハヤテの誘拐行為についての承諾』である、と誤信したこと)でハヤテの責任故意が阻却されると主張しなければならない。

つまり、ハヤテが誘拐についての犯罪事実の認識がなかった、と主張する必要があるのだが…かなり無理がある。その主張とストーリーで描かれた事実とは、かなり大きく異なってしまうのだ。

確かにナギは客観的には了承をしているが、これをハヤテは『誘拐全体』を了承した、と受け取ったのではないだろう。おそらく、ハヤテはナギの言葉を『実力的支配下に置かれることについて抵抗しないということを了承した』と解釈していたと考えられる。それは後で、自分の行いについて深く反省している場面などから推測される。もしも誘拐全体についてのナギの了承を得た、と認識していたとしたら、罪の意識はそう重いものとはならなかっただろうから。

…そもそも、いきなり公園で会った子供に「ちょっと誘拐させてくれないか?」とか言ったところで、了承を受けられると考えるような人間は…いやしないだろう。もしもハヤテがそんな人間だったら心神耗弱で刑の減軽が受けられるかもしれないけれども…。

そして、ナギの了承を構成要件該当性の阻却事由として考えるというのもダメだろう。
仮にナギの了承を構成要件該当性の阻却事由として考えるとすると、ハヤテとナギの関係はいわゆる“駆け落ち”のようなものとなって、誘拐の構成要件該当性は否定される(ただ、駆け落ちに際しての偽装誘拐として、ハヤテが三千院家へ電話をかけたことが詐欺未遂と評価される可能性もあるのだが…まあ詐欺未遂の方が罪が軽いからいいか)のだが、この主張も同様に、ハヤテの行為が偽装誘拐であるとは実際の事実関係からいえないことから否定されることになる。

よって、ナギの了承をキーにした主張だけではハヤテの罪を否定することは難しいといえる。


『ハヤテの行為はそもそも誘拐を構成しない』説は若干の無理があるようだったので、今度はより現実的な論理を構築しよう。
とにかく家裁での無罪や検察での不起訴という結論にもちこむのだ。

誘拐犯が、被誘拐者を公訴が提起される前に安全な場所に解放した場合、刑が減軽される(228条の2)。ハヤテはどうも、電話で身代金をせしめるのに失敗して以降、誘拐をあきらめたように見える。これはナギの解放に当たるだろうか?
ここで、刑法228条の2では、“安全な場所”に解放することが求められているのだが、ハヤテの行為は“安全な場所での解放”といえるだろううか、ということが問題になる。

まず、“解放”とは、被誘拐者に対する実力的支配を解くことを言うが、ハヤテはマリアさんからナギの所在を聞かれてシラを切っている(マリアさんは『マリア』とは呼びにくいなあ…)。これはナギへの実力的支配の一環といえるだろう。しかし、その後ハヤテは命をかけてナギを助けに行ったりしているのだから、ハヤテの実力的支配はマリアさんに話しかけられてからナギを助けに行くまでの間に終結しており、解放が行われたと考えるべきだろう。

漫画のストーリーの中からその実力的支配の終了時期を決定できる場面を挙げるとすれば、ハヤテがマリアさんに『実は!!』といいかけた場面が挙げられるだろう。コミックス第1巻44ページ第2コマ目である。このコマの後、ハヤテはマリアさんに自分の誘拐行為について自白し、マリアさんにナギを引き渡そうとしたことが考えられるためである。被誘拐者の保護者への引渡しは解放にあたるとされている。
実際にはナギが別の誘拐犯に誘拐されてしまったため、この時点では引渡しは出来なかったわけだが、ハヤテによるナギへの実力的支配が場所の移転を伴うものでなかったことに鑑みれば、ナギの解放もまた、主観的要素の比重を重く見てもよいだろう。ハヤテのこの行為を解放のメルクマールとしてもよいのではないだろうか。
さらに、その後ナギを助けにいくため命をかけて誘拐犯を追ったりしているのだから、既にこの時点には少なくとも実力的支配もその意思もなくなっているとして問題は無いだろう。

次に、ナギを“安全な場所”に解放したかどうかが問題になる。ここで、ナギがその後実際に誘拐されていることから、安全について問題があったともいえるかもしれない。しかし、社会通念上、誘拐犯が解放した子供が、その直後に再び別の誘拐犯に誘拐されるとは考えにくく、やはりハヤテがナギを支配下に置こうとする意思を無くしたその時点(先述の具体例でいえば、マリアさんに自白をしようとした時点)で解放が安全な場所にて行われたものと考えていいだろう。通説も、「漠然とした抽象的危険」があっても、安全性に欠けるとすべきでない、としている。
よって、ハヤテは安全な場所での解放を行ったと認められ、刑が軽くなることと思われる。

さて、この主張でめでたくハヤテの刑が減軽されたとしても、まだ安心はできない。なんといっても、身代金目的誘拐罪はかなり罪が重いのだ。ここは、かなり寛大な情状酌量を求めることにしよう。

なお、参考のために述べれば、犯罪の情状とは、その犯罪に関する一切の情状を言い、犯罪事態の外部的事情及び内部的事情のほか、犯罪後における行為者の後悔、被害の弁償などの条項の全てを含む概念である。

そして、ハヤテほど情状酌量の余地のある犯罪者も少ないだろう。思いつくままあげてみると、
・問題のある家庭に育った。
・極貧にあった。
・親に売られた。
・行くあてもなく、絶望していた。
・初犯であった。
・衝動的な犯行であり、計画性は乏しい。
・犯行に及んだことを後悔している。
・法益侵害の度合いが、きわめて軽い。
・被害者(ナギ)を、命を懸けて守ったこともある。
・被害者は、被害を認識していない。
・犯行後、更正している。
こんなに酌量の余地があるのは珍しいってほど、減軽事由があるといえるだろう…

おそらく、仮にハヤテの犯行が明らかとなって、さらに検察に送られてしまっても、こんな人間を起訴する検察官もいないはずだ。万が一、検察で可罰的違法性が認められても、少年でもあることだし、裁判段階では可罰的違法性は無い、として無罪となることだろう。

だから、結論としてはハヤテが裁判で有罪とされることはない、という論理が構築できたことになる。
いやあよかったよかった。ファンとしてうれしい。
無駄に心配をしていたともいえるだろうが。
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テーマ:ハヤテのごとく! - ジャンル:アニメ・コミック

コメント

なんか改めてみると長いな。

こんなに論証文が必要だっただろうか…

  • 2006/11/04(土) 22:26:53 |
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  • 超伝導ET #-
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