ナカノブひとりぼっち

(日常はあっけなくデストロイされちまった!)

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ハヤテの罪の重さは読みきり版と連載版でまったく違う!

これを読んでいる皆さんはハヤテのごとく!のガイドブックをお買い上げになったことだろうか。本日発売だった。小学館がこういう本を出すのって珍しい気がするけど、よく考えたら勝手に改蔵にも似たような本があったなあ。懐かしいよ。

それはそうと、今回の記事の主な目的は、このガイドブックの最初に載っていた、単行本未収録だった読切の内容に関することだ。私はこれを読んだとき、驚きを隠せなかった…

綾崎ハヤテの罪の重さが、読切版と連載版でまったく違うのだ。

連載版の綾崎ハヤテの犯した罪は、おそらく身の代金目的誘拐の既遂(刑法第225条の2)だ。
対して、読切版だとそれはほぼ確実に身代金目的誘拐の予備(第228条の3)だ。

既遂と予備というのはどの程度違うのか…ちょっと分かりにくいかもしれない。
ここで「予備」を理解するための予備知識として説明しておくと、犯罪の実現段階は、
①一定の犯罪行為を行うことを「決意」する(行為者が二人以上であるときは「陰謀」という)。
②決意ないし陰謀に基づいて、犯罪の実行の着手前の準備行為としての「予備」が行われる。
③「実行の着手」がなされる。
④実行の着手がなされた後は、因果の経過に従って、予想通りの結果が発生すれば「既遂」となり、その結果が発生しなければ「未遂」とされる。

では、連載版のハヤテがナギに対して行ったことが、身の代金目的誘拐の既遂だといいうるのはなぜか。ハヤテのごとく!連載版第一回の話を読みつつ、考えてみよう。

さて、金に困ったハヤテはナギに対して身の代金目的誘拐をしようと思いながら(身の代金目的で誘拐を行うという故意を有しつつ)ナギに「僕は…君が欲しいんだ」と言った。ここで、このハヤテの「君が欲しいんだ」という発言が前述の「実行の着手」にあたる(実行の着手と認められるのは、略取・誘拐においては略取・誘拐の手段を講じたときである)。
そして、ナギが「わ…わかったよ…」と言ったときが「既遂」となった時点である(略取・誘拐がなされた人(被拐取者という)を自己または第三者の実力的支配内に移したときに既遂となったと認められる。ナギが「わ…わかったよ…」と言ったのはいわゆる「形式的な同意」にあたる。略取・誘拐罪の「略取」というのは暴行・脅迫を手段とする場合、「誘拐」というのは欺く行為・誘惑を手段とする場合を言うので、「誘拐」の罪が成立するためには被誘拐者が錯誤や不適正な判断をなす状態に陥り、形式的な同意をすることが必要とされるのだ。)

ちなみに、このハヤテの一連の行為が未遂だと誤解されがちなのは、たぶん身代金要求罪(第225条の2第2項)の既遂と混同している人が多いのだと思われる。身の代金要求罪が既遂となるのは身代金要求の意思表示がなされたときであるが、ハヤテの場合は電話で間違って「あ、もしもし綾崎ですけどー」と名乗ってしまったためギリギリのところで身代金要求罪の既遂にはならずにすんだ。あぶないところだったのである。

対して、読切版のハヤテがナギに対して行ったことは…身代金目的誘拐をしようとしていたのに、ナギに対して行ったアクションとは、結局ジュースをナギにあげただけである。先に述べたような実行の着手に当たる行為(「僕は…君が欲しいんだ」という発言)がなされていないので、既遂はもちろん、未遂にも当たらないことになる。実行の着手前には未遂犯も成立しないことを再確認しておこう。

さて、「実行の着手」が成立する前に犯罪の準備行為として行われるのが「予備」行為である。今度はハヤテに予備罪が成立するかを検討してみよう…

連載版、読切版に共通してあるシーンだが、ハヤテはナギをナンパしようとしていた人を殴って退散させている。これはナギをナンパしていた人を暴力で排除しただけであって(これはたぶん暴行罪(第208条)にあたる行為である。ただ、これはギャグ漫画のデフォルメ表現であってあまり問題にする余地はないと私は思う)、暴行を手段としてナギの自由を奪ったものではないから、まだ身の代金目的略取の実行行為とは認められない。だが、身代金目的誘拐をしようと思っているハヤテにとって、まさに身代金目的誘拐の実行のためになされた準備行為であって、「予備」であるといってよいだろう。
ちなみに判例を挙げておくと、略取等の予備行為としては「車で被害者を追跡して隙を狙っていた行為」などが予備行為に当たると認められた。たぶん「自動販売機の陰から被害者の隙を狙いつつ、被害者をナンパしようとした二人の男を殴って排除する行為」も予備行為と認められるものと思う。

ちなみに、読切版では予備行為のあと、実行行為が行われていないので評価としては「予備」のままだが、連載版の場合は実行行為が行われ、既遂に達していたので「既遂」という評価がなされて「予備」は「既遂」の中に吸収されることになるため、それぞれ読切版では「予備」が成立し、連載版では「既遂」が成立することになるのだ。

では、既遂と予備ではどれくらい罪の重さが違うのか。その刑の内容を比べてみよう。

身代金目的略取等の既遂:無期又は三年以上の懲役。
身代金目的略取等の予備:二年以下の懲役(ただし、実行に着手する前に自首したものは、その刑を減軽し、又は免除する)。

…全然違う。しかも、現実に裁判にかけられると、三年以下の懲役の場合は大抵執行猶予が付くので、その点でも大きく違う。
なぜこれほどまでに違うのか?
それは、既遂犯の場合は現実に法律上保護される利益を侵害するという客観的な結果としてのマイナスの価値評価(結果無価値という)がなされるのに対し、予備犯の場合は、現実には未だ法律上保護される利益を侵害してはおらず、ただ行為者の主観的な要素にのみ社会的な倫理規範に反しているという性質が認められ、マイナスの価値評価(行為無価値という)がなされるという点にある。つまり、現実に悪い結果が生じているか生じていないかの差でこんなにも罪の重さに差がでてくるわけである。逆に言えばどれだけ悪いことを考えていても実行に移さない限りは逮捕されることはないということでもある。

それにしても綾崎ハヤテは犯罪者という過去から立ち直って全うに更正しているなあ。
よく「少年犯罪は施設出所後の社会での処遇が重要」とかいうけど、現実には最も難しい問題だからなあ、出所後の処遇如何が。ハヤテを見るナギのような暖かい目で見守ってあげれば犯罪者の社会復帰にも有用かもしれませんな。もっとも、実現は難しそうだけど。

今回の教訓:
①反社会的な行いをするのは妄想の世界にとどめておこう。
②犯罪者の社会復帰後の処遇については、暖かい目で見守っておこう。
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