雷句誠の訴訟は漫画家・出版社との関係に大きな影響を与えることは間違いないだろう。
彼のブログ上での小学館で受けた扱いに対する発言等から、彼の訴訟の主目的は賠償金を取ることではなく、漫画家の待遇改善への問題提起であるらしいことが読み取れる。
つまり、漫画家の待遇改善を出版社に対して求める…いってみれば、福祉のレベルを上げるために行われる行政訴訟にも似た構造になっているようだ。
この訴訟を受けた出版社側のアクションとして、漫画家への待遇を向上させようとする試みが取られることはおそらく確実だ。もっとも、あるべき改善の具体的な内容については訴訟の文書からは明らかになるものではない。
しかし、何らかの改善がなければこのような訴訟は今後も頻発することだろう。
では、どのような改善策がありうるのか。
以下、『シンプルなプラン』と『ドラスティックなプラン』の二つを考えてみた。
シンプルなプランについて:
このプランはごく常識的な対応策を並べたものだ。
漫画家の原稿料を上げ(一枚10000円からというのはあまりにも安い)、あるいはアシスタント等の雇用について補助を出す、などといったことが考えられる。
もっとも、サンデーは漫画の連載開始時にアシスタント雇用のための費用を支給し(ているらしい)、また、ジャンプと違って長期的なスパンで作品の連載期間を設定している(直截的にいえばすぐに漫画家の首を切らない)ため、原稿料という短期的なコストは低くても、長期的なコストをかけている。これを変更して、短期的なコスト(この場合は原稿料)を重視することにすれば、とりあえずコスト配分は現状から変更できることになる(要するにジャンプ方式に転換されることになる)。
ドラスティックなプランについて:
このプランは漫画家の福利厚生を特に重視するものだ。形態としては、欧米的雇用形態といえるかもしれない。
漫画家を出版社の社員として雇用するのだ。アシスタント人員としては、同様に出版社で雇用されたスタッフが参加する。漫画家は漫画を注文される立場ではなく、一人の(あるいは複数の)漫画家をリーダーとし、部下を有する組織、つまり出版社の社内の一部署として漫画を生産する組織の一部となる。既存のものとたとえれば、メーカーの商品企画部と開発部をあわせたものが編集部となる。商品企画部の社員が出版社の編集部員、開発部のエンジニアが漫画家にあたることになる。
この場合、漫画家に支払われる印税というものは、たとえばメーカーが社内発明を行った技術者に対して与える奨励金のようなものとして処理されることになる。原稿料は単なる月給になる。あるいは、著作権は法人著作として処理されるようになる可能性が高い(法人著作として処理されるようになった場合、既存の著作者人格権に対する事務処理方式が妥当しなくなると思われる点に注意を要する)。
漫画家の雇用開始は漫画賞への投稿あるいは持ち込みによってではなく、専門職試験ないしはコンペティションで任用を決定されることになる。
また、漫画家の部下として雇用されているアシスタントは経験をつみ、あるいは才能が認められればひとつの連載企画を担当するリーダーとなるだろう。たとえば『かってに改造』プロジェクトのスタッフの一員としてクメタ課長の下で働いていたハタ係長が新しく始まるプロジェクト『疾風のごとく!』のプロジェクト長に任用される、といったように。
漫画家は会社の事務所やスタジオで仕事をすることになる。一般に漫画家は残業の多い仕事だろうが、そのコストは残業代というかたちで賄われることになる。
漫画家の業績が悪ければプロジェクトは終わらされ(つまり連載は終わらされ)、次のプロジェクトへの企画を立てるか、あるいは他の部署、営業部や広告部などへの異動が要請されることになるだろう。そこでも漫画家の才能は生かしうるだろうし、それに不満があれば同業他社へのリクルート活動を行うことになる。その際旧来のプロジェクトでのスタッフを新しい社に連れて行くかは新しい社との雇用契約による。
漫画出版社に特有の編集部と漫画家の軋轢は、ごく普通の会社における商品企画部と開発部の軋轢のようなものに変わる。少なくとも、両者は対等の立場に立つことになる。
…このような雇用形態は欧米における社内弁護士や会計士などといった専門職の扱いに近いものがある。あるいは優秀なエンジニアなど。
このプランのメリットは、漫画家およびアシスタント達を社内に抱え込むことで漫画家の雇用が安定し、漫画家たちの将来への不安が軽減されることであり、デメリットは漫画家の雇用が停滞し、漫画家がサラリーマン化することである。浮き沈みの激しい漫画業界で、漫画家が今まで背負ってきた打ち切りリスクを出版社が抱えるか、あるいは不人気な連載がだらだら続けられるようになる可能性もある。
しかし、このメリット・デメリットは、雇用形態のシステムを改善することのみによって(つまり新たなコストを負担することを拒否しつつ)今回の問題を解決しようとすれば、どちらかのデメリットが現れることは避けられないものである。
追記:
仮に上記の『ドラスティックなプラン』が採用されたとすれば、漫画制作は一種の工場での作業に近いものになることだろう。プロジェクトのトップは別論、アシスタント人材資源は社内で停滞し、プロジェクト間では流動化すると考えられる。
例えていえば、『月光条例』プロジェクトに参加していたアシスタントは社命に応じて『ハヤテのごとく!』プロジェクトに異動することがありうるが、『かってに改蔵』プロジェクトに参加していたアシスタントが社を飛び越えて『さよなら絶望先生』プロジェクトに参加するようになることは今までより難しくなるだろう。
だが、それが良いことなのか悪いことなのか、判断材料がないのでなんともいえない。徒弟制に近いような旧来の方式が良いのか、アシスタントはどのような絵の漫画家の下でも作業できるべきなのか、という問題に関わる。